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神戸地方裁判所 昭和60年(ワ)979号 判決

原告

大和商事株式会社

右代表者代表取締役

大杉博康

右訴訟代理人弁護士

吉本登

被告

前田綱雄

右訴訟代理人弁護士

山口修司

主文

一、原告の請求をいずれも棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(主位的請求)

1 被告は原告に対し、金九八万円及びこれに対する昭和五九年七月三一日から同年八月三〇日までは年一割八分、同年八月三一日から完済に至るまでは年三割六分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

3 仮執行宣言

(予備的請求)

1 被告は原告に対し、金九八万円及びこれに対する昭和六〇年七月六日から右完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

3 仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主位的請求・予備的請求いずれに対しても主文同旨

第二  当事者の主張

(主位的請求)

一  請求原因

1 原告は、訴外田中一磨(以下訴外田中という)に対し、昭和五九年七月三一日、以下の約定で金一〇〇万円を貸し渡した。

弁 済 期 同年八月三〇日

利   息 月五分

遅延損害金 右 同

2(一) 被告は右借用に先立ち、訴外田中の原告に対する右借受金返還債務を保証する意思で別紙目録記載の約束手形一通(以下本件手形という)に裏書してこれを訴外田中喜代子(以下喜代子という)に交付し、被告の代理人喜代子は、右昭和五九年七月三一日、原告との間で、被告が訴外田中の右借受金返還債務を連帯保証する旨を合意し、本件手形を原告に交付した。

(二) 被告は、右に先立ち、喜代子に代理権を授与した。

3 なお、原告は訴外田中から、昭和五九年九月三〇日、二万円の弁済を受けている。

4 よつて、原告は被告に対し、右保証契約に基づき、金九八万円とこれに対する昭和五九年七月二一日から同年八月三〇日までは利息として年一割八分、同年八月三一日から支払済みまでは遅延損害金として年三割六分の割合による金員の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1の事実は不知。

2 同2(一)の事実のうち、訴外田中が本件手形を振り出した事実、被告が右手形に裏書をした事実は認めるが、右裏書は昭和五八年四月ころになされ、また右裏書当時、本件手形は額面以外の手形要件の記載はなかつたものである。その余は否認する。

3 同2(二)の事実は否認する。

4 同3の事実は認める。

(予備的請求)

一  請求原因

1 訴外田中は本件手形を振り出した。

2 被告は、拒絶証書作成を免除して本件手形に裏書をした。

3 本件手形の裏面には、第一裏書人被告、第一被裏書人原告との記載がある。

4(一) 本件手形の支払期日である昭和五九年八月三〇日、原告と被告及び訴外田中の代理人喜代子との間で、右支払期日を一ケ月延長し、かつ、呈示を不要とする旨の合意が成立した。被告は、呈示がないことをもつて本件請求を否定する根拠とするが、原告が好意でした支払期日の延長を逆手にとつて支払責任を否定するのは、公序良俗に反し、信義則に反する。

(二) 被告は右に先立ち訴外喜代子に代理権を授与した。

5 原告は本件手形を所持している。

6 なお、原告は訴外田中から昭和五九年九月三〇日、二万円の弁済を受けている。

7 よつて、原告は被告に対し、本件手形金九八万円及びこれに対する支払命令送達の日の翌日である昭和六〇年七月六日から右支払済みまで手形法所定の年六分の割合による利息の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1ないし3及び5と6の事実は認める。

2 同4(一)の事実は不知。同(二)の事実は否認する。

第三  証拠〈省略〉

理由

一主位的請求に対する判断

1 〈証拠〉によると、訴外田中は、昭和五八年ころ、原告から金一〇〇万円を利息は月五分との約定で借受けたことが認められ、原告代表者尋問の結果中右認定に反する部分は措信できない。

2 原告は、被告は保証の意思で本件手形に裏書をし、喜代子は被告の代理人として本件手形を被告に交付して、訴外田中の前示金銭消費貸借上の債務の保証を約したと主張するので判断するのに、およそ保証の趣旨で約束手形に裏書をした(いわゆる隠れた手形保証)場合に、右裏書人が裏書人として手形責任を負うほか、右手形振出の原因となつた債務についても民法上の保証人としての責任を負担するかどうかは、右手形に裏書をした裏書人の意思をどのように解するかにかかつているというべきである。そして、何人も他人の債務を保証するに当つては、特段の事情のない限り、その保証によつて生じる自己の責任をなるべく狭い範囲にとどめようとするのが通常の意思であると考えられるから、振出交付を受けるべき約束手形に保証の趣旨で裏書を要求する債権者がどのような意思であつたかは別として、裏書をする者の立場からみるときは、他人が振出す手形に保証の趣旨で裏書をしたというだけで、右手形振出の原因となつた債務までも保証する意思があつたものと推認することは、必ずしも同人の通常の意思に合致するものではないと解すべきである(最高裁判所昭和五二年一一月一五日第三小法廷判決、民集三一巻六号九〇〇頁)。

これを本件についてみるのに、訴外田中が本件手形を振出したこと、被告が本件手形に裏書をしたことは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によると、訴外田中は、昭和五八年ころ、喜代子を通じて原告に対し金一〇〇万円の貸付を依頼したところ、原告代表者は、右貸付には保証人が要ると答えたこと、その後訴外田中は、喜代子をして原告代表者の許に被告の裏書があるが支払期日の記載のない本件手形を持参させ、前示認定のとおり原告から金一〇〇万円を借受けたこと、その際喜代子は、一旦は本件手形の支払期日欄に昭和五八年と記入したが、後日原告をして適当な支払期日を補充させた方が良いと考え直し、右記載を抹消したうえ右手形を原告代表者に交付したこと、原告は被告との間で保証契約締結の証書を作成していないことが認められ、原告代表者尋問の結果中右認定に反する部分は前示各証拠と対比して措信できない。

また、〈証拠〉によると、訴外田中と喜代子は被告に対し、本件手形で金を借りるからとだけいつて、金額の記載はあるが支払期日欄は白地の本件手形の裏書を依頼し、保証をしてくれといつたこともなく、貸主や弁済期、利息のこともいわなかつたこと、従来被告が訴外田中のために保証を約したのは、銀行や信用保証協会などに対してだけであり、したがつてその際被告はいつも明示の意思表示により保証を約したものと推認できること、訴外田中は、原告のような金融業者からは、一回だけ被告振出で訴外田中が裏書した手形で借受けたことがあるものの、そのほかには高利の金融業者からの訴外田中の金員借受に被告が関与したことはないことが認められ、被告本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信できず、他に右認定に反する証拠はない。

以上の事実によると、例え被告が訴外田中の叔父に当り他にも保証をしたことがあるとしても、被告は訴外田中が原告のような高利の金融業者から金員を借受けることは予想外の事柄であり、原告のような高利の金融業者からの借入れにつき、手形保証とは別に手形法所定の法定利率をはるかに超える利息支払義務を負担する民法上の連帯保証をする意思があつたものと認めるべき特段の事情があつたものということができない。

してみると、被告は訴外田中または喜代子に対し、本件金銭消費貸借につき連帯保証契約締結の代理権を授与した事実はないものといわなければならないから、例え喜代子が裏書により保証をするものと考えていたとしても(もつとも証人田中喜代子が裏書と保証の法律上の差異を十分理解しているかは、極めて疑わしい)原告の右保証契約に基づく本件主位的請求は理由がないというべきである。

二予備的請求に対する判断

1  請求の原因1ないし3、5の事実は当事者間に争いがない。

2  そこで原告の支払期日延長及び呈示不要の合意の主張につき判断する。

前示のとおり、訴外田中と喜代子は被告に対し、本件手形で金を借りるからといつて、その裏書を依頼し、被告がこれに応じて裏書をして訴外田中または喜代子に交付した際も、同人らが本件手形を原告に交付した際も、その支払期日欄は白地であつたから、被告は訴外田中ないしは喜代子及びその承継人に対し、本件手形による金銭消費貸借に関し右支払期日欄の白地を補充する権限を与えたものということができる。したがつて被告が同人らに対し支払期日を変更する契約の代理権を授与していたものと推認することができる。

しかしながら、支払期日の延長と、被告が本件手形の呈示なくして償還義務を負担することとはおのずから別個の事柄であつて、支払期日延長の意思があつたからといつて、ただちに呈示不要の合意をする意思があつたとすることはできない。そして〈証拠〉によると、喜代子は被告に対し支払期日を延長したことを連絡せず、被告及び喜代子は原告との間で呈示不要の合意までしたことはないことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

してみると、原告が本件手形の呈示の事実を主張しない本件にあつては、原告の被告に対する償還請求権に基づく本件予備的請求は理由がないといわなければならない。原告は、右呈示がないことを根拠として被告の本件予備的請求を否定するのは公序良俗、信義則に反すると主張するが、証人田中喜代子の証言、被告本人尋問の結果によると、本件手形の支払期日の延長を原告に依頼したのは訴外田中または喜代子の独断によるものであつて、被告の意思とは無関係であつたことが認められるから、原告の右主張はその前提を欠き到底採用することができない。

三結論

よつて、原告の各請求はいずれも失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官野田殷稔)

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